切れたベルト

   服装にどれくらい頓着するかは人によって様々である。 何を着て行こうかと毎日神経を使っていそうな人もいれば、 どうでもいいというような人もいる。 私はまあ普通だろうと自分で思っているが、 客観的には人に聞かなければわからない。
 その昔、ほとんど実験室にこもり、 自宅には寝に帰るだけという日々があった。 こうなると服装には頓着しなくなる。 そんなある日、 あくびをしたとたん、 ブチッという音とともにベルトが切れた。 ボロボロになっても気が付かずに同じベルトを使い続けていたのだ。
 そのとき、ふと思った。 ベルトは張力に対する耐性が弱くなったから切れたわけだが、 きっかけはあくびで余分の腹圧がかかったことにある。 しからば腹圧と張力はどんな関係があるのか?  腹圧はベルトと垂直方向に作用するのに、 ベルトの張力はベルトと平行に作用する。 また腹圧の単位は圧力で張力の単位は力だから、 次元の違うこの二つを結ぶには別のパラメーターが必要である。 これは胴囲(あるいは胴径)以外に考えられない。 それでは太った人と痩せている人ではどちらがベルトが切れやすいか? 

 では問題を定式化しよう。 半径rの円柱に適当な幅のベルトを巻き付け、 張力f(単位:力)で締め付ける。 このとき円柱がつぶれないのは、 p(単位:力/長さ)の内圧で応じているからである。 fとpの関係を求めよ。 

 解答:図1のように2dθの角をなす扇形に働く力を考える。




張力ベクトルを合成すると円柱の中心方向に2fdθの力がかかる。 一方円弧の長さは2rdθだから、 この長さ分の張力pを積分すると2rdθpである。 これらが釣り合うのだから

f=rp

これが答である。 この関係は、 係数が1となることを別として、 単なる次元解析だけでも得られる。 これから、 腹圧pが同じならば、 太った人の方がベルトが切れやすいという結論となる。


 さらに問題を立体化しよう。 シャボン玉や風船を膨らますとき、 吹き込む息の圧力と風船の表面張力の関係を求めようというわけである。 息の圧力pの単位は(力/面積)、表面張力fの単位は(力/長さ)である。 今度は図2のように、 張力ベクトルの円周に沿う積分と内圧を円の面積で積分したものが釣り合う。



したがって、 2π(rdθ)fdθ=π(rdθの二乗)pであるから、 求める関係は

f=rp/2

となる。今度は係数が1/2となったが、 比例関係は前と同じである。 これはいわゆる表面張力の公式に他ならない。 これから、内圧が同じならば大きなシャボン玉の方が壊れやすいということになる。 (正確に言えば、pは内圧と大気圧の差である。)


[最終稿:2002年6月17日]


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